最近、SNSで「いただきます」の起源が注目を集めている。日本語研究家の近藤泰弘さんが調べてみた結果、挨拶として最古例は大正6年(1917)の「小学校に於ける作法教授法要綱及細目」にあると言うことである。
この本には、「食事の終始に挨拶をなすべし『いただきます』『ごちそうさま』」と書かれている。近藤さんは、これは単なる学校教育上のマナーだったのか、作ってくれた人への感謝や食材への感謝という意味合いはないのか疑問に思っている。
調べてみた結果、明治24年(1891)の「子供のをしえ」には、「戴きます』とか亦は『頂戴いたします』と云って食べるものであります」とある。近藤さんは、この時点ではまだ一般に普及していなかったのではということがある。
また、学校給食が広まる過程で決まったあいさつが必要となったということも考えられると考える。
近藤さんの投稿は大きな反響をもたらし、さらに古い用例も出てきた。家庭でのしつけについて書かれた明治24年(1891)の「子供のをしえ」や明治37年(1904)の修身の教科書、明治40年(1907)の小学校の作法書などが見つかった。
このことが気付いた近藤さんは、「いただきます」という時に手を合わせる習慣に地域差があるという情報も出てきた。これは近畿や北陸、中国地方などに多い傾向があり、浄土真宗の普及率が関係するかもしれないと考えている。
またキリスト教の食事前のお祈りの関連性について言及する声もいくつかある。明治時代には西洋文化を換骨奪胎、アレンジして導入するという例が多々あり、「いただきます」もその一つではなかったのかと。
「いただきます」という言葉が意外に最近始まったもので、学校教育が起源かもしれないということに興味を持っていただいたのかと思っている近藤さん。
この本には、「食事の終始に挨拶をなすべし『いただきます』『ごちそうさま』」と書かれている。近藤さんは、これは単なる学校教育上のマナーだったのか、作ってくれた人への感謝や食材への感謝という意味合いはないのか疑問に思っている。
調べてみた結果、明治24年(1891)の「子供のをしえ」には、「戴きます』とか亦は『頂戴いたします』と云って食べるものであります」とある。近藤さんは、この時点ではまだ一般に普及していなかったのではということがある。
また、学校給食が広まる過程で決まったあいさつが必要となったということも考えられると考える。
近藤さんの投稿は大きな反響をもたらし、さらに古い用例も出てきた。家庭でのしつけについて書かれた明治24年(1891)の「子供のをしえ」や明治37年(1904)の修身の教科書、明治40年(1907)の小学校の作法書などが見つかった。
このことが気付いた近藤さんは、「いただきます」という時に手を合わせる習慣に地域差があるという情報も出てきた。これは近畿や北陸、中国地方などに多い傾向があり、浄土真宗の普及率が関係するかもしれないと考えている。
またキリスト教の食事前のお祈りの関連性について言及する声もいくつかある。明治時代には西洋文化を換骨奪胎、アレンジして導入するという例が多々あり、「いただきます」もその一つではなかったのかと。
「いただきます」という言葉が意外に最近始まったもので、学校教育が起源かもしれないということに興味を持っていただいたのかと思っている近藤さん。