鹿児島県の新島(しんじま)で、白い煙を上げる桜島と距離をたどると、「りゅう」が出迎えてくれた。約250年前の大噴火で隆起した周囲2.3キロの島に着くと、夫婦の佐々木直行さん(72)と和子さん(65)夫妻が、無人島の生活を送っている。
この島は、戦後間もない頃には250人が暮らし、小学校の分校もあった。しかし、人口減少の波とともに2013年に一度無人島となり、今では民泊やカフェを営む一家のみ。夫婦は連絡船がなくなるかもしれないという心配から始まりました。
新島に通い始めたのは、当時北九州市に住んでいた夫婦でした。家族やのちに作ったNPO法人の仲間と一緒に島に通い始めた。彼らは、ヤブを切り開き、数十センチ積もっていた灰をかき、荒れ果てた島を整備しました。夫の定年後、近くの温泉地に住み、島に通うつもりだったが、知人の強い勧めもあり、7年前にUターン移住した。
新島には電気と水道は通るが、買い物は困る。夫婦は、海を渡り、ゴミ出しや郵便受け取りなどをする日々を送っています。「海を渡った後も、同じ心地を感じたということです」と語ります。
この島では、人口減少の波が広がっているところに、新島は例外だと思われています。新島でも同様の問題が出るかもしれないと考えている人もいるということで、夫婦は「この島を離した時から、いつまでもここに住み続けることができるといいのですが」と話しています。
この島は、戦後間もない頃には250人が暮らし、小学校の分校もあった。しかし、人口減少の波とともに2013年に一度無人島となり、今では民泊やカフェを営む一家のみ。夫婦は連絡船がなくなるかもしれないという心配から始まりました。
新島に通い始めたのは、当時北九州市に住んでいた夫婦でした。家族やのちに作ったNPO法人の仲間と一緒に島に通い始めた。彼らは、ヤブを切り開き、数十センチ積もっていた灰をかき、荒れ果てた島を整備しました。夫の定年後、近くの温泉地に住み、島に通うつもりだったが、知人の強い勧めもあり、7年前にUターン移住した。
新島には電気と水道は通るが、買い物は困る。夫婦は、海を渡り、ゴミ出しや郵便受け取りなどをする日々を送っています。「海を渡った後も、同じ心地を感じたということです」と語ります。
この島では、人口減少の波が広がっているところに、新島は例外だと思われています。新島でも同様の問題が出るかもしれないと考えている人もいるということで、夫婦は「この島を離した時から、いつまでもここに住み続けることができるといいのですが」と話しています。