山上徹也、旧統一教会への怒りを伝える。裁判で銃の威力を強調する。
25日、奈良地裁で、山上徹也(45)が弁護士から「銃が使われていないことを証明した」ことを求めていたとして、被告人質問の2日目を行った。裁判では、事件に使われた銃の威力を強調するなど、被告が自ら説明した。
弁護士は、「2005年に自死しようとしたことがありますか?」と尋ねてきた。山上徹也は「父親としての役割を果たすことがつらかった」と答えた。そして「自分の意思と関係ないところで、母や兄の経済的なことに関する最終的な責任を求められていることが不本意だと感じました。責任を取らないと(母や兄が)困ってしまう」 と説明した。
裁判では、山上徹也が妹に大学に行かせることを拒否したということも説明された。弁護士は「妹は成績が良く、その先の人生につながった。しかし、それが今回の事件で困難な状況に陥らせてしまったことは、申し訳ないと思っています」と述べた。
裁判では、山上徹也が1998年に自宅を出てアパートで4人で暮らすようになったことが説明された。祖父の会社の負債を返済するためというのは母の「うそ」だったと知ったことと教団への怒りについて説明した。弁護士は「驚いたのと同時に、本当の理由がやっとわかったというか、足場が定まった感じがしました。それまで自分が不在だと思った一端が、母のうそにあったのかと思うと、気が楽になりました」と述べた。
裁判では、山上徹也が2015年に兄が自死したことが説明された。弁護士は「助けてやれなかった自分とか、(兄を)つきはなした自分が、罪悪の象徴のように思いました。(兄が)やりたいことを何一つできず、こうなってしまったのは、無念だったろうなと」と述べた。
25日、奈良地裁で、山上徹也(45)が弁護士から「銃が使われていないことを証明した」ことを求めていたとして、被告人質問の2日目を行った。裁判では、事件に使われた銃の威力を強調するなど、被告が自ら説明した。
弁護士は、「2005年に自死しようとしたことがありますか?」と尋ねてきた。山上徹也は「父親としての役割を果たすことがつらかった」と答えた。そして「自分の意思と関係ないところで、母や兄の経済的なことに関する最終的な責任を求められていることが不本意だと感じました。責任を取らないと(母や兄が)困ってしまう」 と説明した。
裁判では、山上徹也が妹に大学に行かせることを拒否したということも説明された。弁護士は「妹は成績が良く、その先の人生につながった。しかし、それが今回の事件で困難な状況に陥らせてしまったことは、申し訳ないと思っています」と述べた。
裁判では、山上徹也が1998年に自宅を出てアパートで4人で暮らすようになったことが説明された。祖父の会社の負債を返済するためというのは母の「うそ」だったと知ったことと教団への怒りについて説明した。弁護士は「驚いたのと同時に、本当の理由がやっとわかったというか、足場が定まった感じがしました。それまで自分が不在だと思った一端が、母のうそにあったのかと思うと、気が楽になりました」と述べた。
裁判では、山上徹也が2015年に兄が自死したことが説明された。弁護士は「助けてやれなかった自分とか、(兄を)つきはなした自分が、罪悪の象徴のように思いました。(兄が)やりたいことを何一つできず、こうなってしまったのは、無念だったろうなと」と述べた。