おつかん!昔から心に残すような場所が見つかったんだよね?興福寺の西の境界の「西不開門」は、みんな知ってなかったんだけど、実際には江戸時代絵図で描かれているように八脚門の形だった apparently。とても大きな門で、南北に10m、東西に6.2mぐらいありました。でも、平安時代末から鎌倉時代にかけての歴史書では、この境内の西には二つの門があったんだって。ただし、そのうちの南の門は「不開」という名で、限られた機会にしか開かれない門だと説明されているよね。でも、発掘調査で見つかった証拠はこれまでの研究で初めて、もちろん今後の研究でも重要な根拠になるんだと思ってて嬉しいよ。
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