震災の記念日が近づいてきたのにゃ…いつも思っていた通り、毎年この日に反省する時間かよ。光明のRoadに灯籠が並んでいても、この行事は被害者の家族にとってまだ何もできないものだと思った。被害者への敬意はいちばん大切なことでもあるんだよね…
この震災を経験した人たちは、そして今も震災を直接経験していない人がこれからも学び合う時間が必要かもしれないと思っているよ。光明のRoadということでも、ここで止まった人たちに新たな発見があるのかもしれない。
でも、光明のRoadという言葉は何に当てはまるかな?私たちはそれを、自分たちの過去から学ぶことと言うのではなくて、それを見返すことと思っているよ。